3日前、とても寒いけど、突き抜けるような青空の日。
祖母が息を引き取った。
86歳、眠るような最期だった。
家族みんなで花びらにメッセージを書いて、棺を埋めた。
花びら一枚じゃ書ききれなかったことを、ここに記そうと思います。
亡き祖母と、誰よりも悲しみにくれる母と、これから生きていくわたしたちに宛てて。
祖母は、人一倍という言葉じゃ足りないくらい、とにかく遠慮がちな人だった。
そして、施すのが好きな人だった。
なによりも、優しい人だった。
人生で初めてオロナミンCを飲んだのは、祖母の家でのことだった。
たまたま誰かが持って来たオロナミンCを、「おいしい!」と飲んだのは3歳とか4歳とか、そのくらいの頃。
それから、祖母の家にはいつだって必ず、オロナミンCが常備してある。
外食も好きだったけど、自分で「ここに行きたい」とか「あれが食べたい」って言わない人だった。
しかも、自分の頼んだものをほとんど食べない。
ラーメンもアイスも、一口食べたら孫にあげてしまう。
それだってきっかけは、近所の焼肉屋さんに行ったとき、醤油ラーメンとハワイアンブルーのアイスクリームを、俺と弟が取り合うように食べてからだ。
一回でもそんな風になにか好きだって言えば、ずっとそれを覚えていて、いつのまにか祖母の好物にもなってしまう。
本当に、施すのが好きで、孫煩悩な人だった。
そんな祖母は、最期の瞬間まで祖母らしかった。
新年を迎えて。
弟の結婚式が終わって。
みんな休みの土曜の昼間に。
計ったように息を引き取ったのだから、死ぬタイミングすら、人のことを考えているようだった。
人のことばかりを優先して、心労は絶えなかったと思う。
だから俺は、認知症に、一つだけ感謝していることがある。
認知症の進行と共に少しだけ子供に戻れたことだ。
認知症が進んで、やっと食べたいものを食べたいと言えるようになったり、喉が渇いたからジュースが飲みたいって言えるようになった。
なんでも我慢してしまう人だったから、余計にそんな小さなことを嬉しく感じた。
昔だったら絶対「祖父に会いたい」とか「(祖父の写真を指差して)私のオトコ。」なんて冗談まじりにでも言えなかったのに、当たり前のように言えるようになってた。
白無垢のような死装束に包まれた祖母を見つめながら、「やっとじいちゃんに会えるね」と母は言っていた。
普段化粧もしない祖母だったから、死化粧はとても映えていた。
母は「これだけ綺麗になって逝くんだから、もうじいちゃんとケンカもしないだろうね」と冗談交じりに言ったあと、一呼吸を置いて、「もう痛くないね。痛がらなくて済むね。」と泣いた。
入院生活が長くなり、だんだんと体の痛みや壊疽が進んでいく祖母を、母は一番近くで、最期まで介護していた。
母の悲しみは、想像つかないけれど、悲しみだけじゃなく、祖母が痛みや苦しみから解放されたことを喜んでもいるのだと思う。
祖母にとって「死」は安らぎだったろうか。
「死」に直面する恐怖はどれほどだったろうか。
「命」は長いほど輝く訳ではないのかもしれない。
「心」は今どこにあるのだろうか。
退屈なお経を聞いたり、手を合わせて祈りながら、答えのないことばかりを考えた。
正解は無く、答えは出ないけれど、それぞれが人生をかけて向き合っていくんだろうなと思った。
祖父の最期の言葉は「ばあちゃん頼むな。」で、祖母は逝く前に「じーちゃんに会いてえなぁ。」と言った。
もしも死後の世界があるのなら、どうか二人の魂を会わせてください。
もしも転生するのなら、どうか二人を他人同士にして、また愛しあわせてください。
焼香のときには、そんなことを祈った。
棺の中いっぱいになった花びらには、たくさんの言葉が並んでいた。
父は花びらに「今の幸せは全て、お母さんのお陰です。」と書いていた。
先日結婚したばかりの弟の嫁さんは、「ちゃんと幸せになります」と書いていた。
ひとつひとつの命が繋がっていくことを、強く強く感じた。
ばあちゃん。
花びらには大したことが書けなかったよ。
言葉にしようとするとうまく伝わらない気がして。
「ありがとう」とか「大好き」が、うわっつらになっちゃう感じがして。
始めて一人で泊まりに行った日も、酒好きなばーちゃんとハタチになって乾杯できたことも、疲れて逃げ出したくなったときに「昼寝してけ!」って言ってくれたことも、全部、忘れない。
ばーちゃんは優しいから、怒られたことはなかったけど、その生き方から教わったことはたくさんありました。
毎回、別れ際にはハイタッチをするのがお決まりだったね。
別れ際のハイタッチは、言葉以上に繋がってることを教えてくれてたと思うよ。
もう会えないから寂しいんだけどさ、毎回余すことなく伝えていたから、後悔はないんだ。
いつか俺も最期を迎えるからさ。
そのときには、またハイタッチできたらいいなと思ってるよ。
ほらね、花びら一枚じゃ全然足りないんだ。
でもいいんだ。ちゃんと全部、覚えてるから。
葬儀を終えた後、懐かしい焼肉屋へ行った。
突き抜けるような青空と同じ色をした、ハワイアンブルーのアイスクリーム。
久しぶりに食べたその味を噛み締めて、明日からまた生きていく。
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