福島拓也

優しい嘘

福島拓也

子供の頃、お正月の楽しみといえば、家族で食べるおせち料理よりもお年玉だった。

松前漬けやかずのこの美味しさがわかったのはハタチを超えてからだったし、

毎日料理をすることの大変さに気づいたのなんて、それこそ30歳を目前にしてからである。

数年前まで、うちの正月は、少し離れたところにある祖父母の家で、親戚が集まって夕食を食べるのがお決まりだった。

夕食の買い物をして、おせちを持って、祖父母の家に行く。

2人と一緒に、「あけましておめでとうございます!」と言うと、物静かな祖父の代わりに、祖母はそれぞれの名前を書いたポチ袋を手渡してくれた。

お礼を言うと、祖父母は、「あんまり入ってないけどね、ごめんね」と言いながら、にっこり笑ってくれた。

普段はあまり喋らない祖父だが、お酒が入ると人が変わったように陽気になる。

正月で親戚が集まる場だと余計嬉しいようで、毎年必ず童謡を大きな声で歌っていた。

で、毎回必ず歌詞を間違う。

「線路は続く~よ~ど~こまでも~」っていう童謡。

必ず「線路は走る~よ~ど~こま~で~も~」になってしまう。

俺はそんな祖父が好きだったが、祖母はそれが恥ずかしかったようで、酒を飲んだ祖父とよくケンカをしていた。

ひとたびケンカが始まると、なかなかおさまらない。

酒の入った祖父は暴言を吐き、祖母は黙ってしまう。

正月以外でも、そんな場面を多く目にした。

酒を飲んで祖父が出かけていくと、祖母はよく、「もう帰ってこなくていい!」と言っていた。

幼心に、あまり仲が良くないんだなって思った。

数年前、祖母は入院した。

祖父は一人で暮らすようになった。

うちの両親は祖父を心配し、何度も一緒に住もうと説得していた。

祖父はそのたび、酒を飲みながら、「(祖母が)いなくなってせいせいすらぁ!」と言っていたが、決して両親と一緒に住もうとはしなかった。

母は毎日のように祖父にご飯を届けたり、祖母の病院に連れて行った。

そんな祖父も、祖母が入院してからはだんだんと元気がなくなり、亡くなった。

祖母は、祖父が死んだことを知らない。

体調があまり良くならず、今も入院しているからだ。

だんだんと認知症が進み、孫の名前も思い出せなくなってきている。

そんな今年の正月。

家族揃って祖母のいる病院へお見舞いに行った。

母は、面会の準備があると言い、先に病室へ行った。

祖母の好きなりんごジュースを買ってから病室に向かうと、母の声が聞こえた。

母はポチ袋を祖母に渡しながら

「これをね、孫たちに渡して欲しいの。」と言っていた。

祖母は耳も遠くなり、状況を理解できないようだった。

「お年玉!毎年あげてたでしょ??孫達が来てるよ!」

祖母の耳元で母はゆっくりそう言っていた。

手間取る間に、いてもたってもいられず、俺ら兄弟は病室に入った。

「ばあちゃん、久しぶり!」

祖母の耳元で伝えた。

すると祖母は、「最近忙しいか?いろんなところ飛び回って。ジャンジャーンってやってるかい?」

と、手でギターを弾くマネをした。

「忙しいよ!でもね、今日は正月だから帰ってきたよ!2018年になったんだよ!」

ゆっくり、はっきり、そう伝えた。

祖母はそうかそうかと頷き、忘れたくないから紙に書いておいてくれと言った。

母からペンを借りて、「今日は正月。2018年。平成30年だよ。」と大きく紙に書いた。

祖母は紙を受け取り、眺めていた。

今なら伝わる、なんとなくそう思った。

母のペンを祖母に渡し、「名前、書いてよ!」と伝えた。

祖母は震える手で俺たち3兄弟の名前をポチ袋に書いてくれた。

すると、母に向かって、「なんでこれを私が渡すんだい?用意してないよ。」と言った。

母は祖母の目を見て、「じいちゃんから頼まれたんだよ!ばあちゃんから渡して欲しいって!」と、嘘をついた。

祖母は、「それなら来ればいいのに。」と続ける。

一瞬、会話が止まりそうになった。

弟が間髪入れず

「じいちゃんもさ、ばあちゃんと一緒で入院してるんだよ!元気になったら、また会いに来るってさ!」と言うと、

祖母は小さな声で、「会いたいなぁ。」と言った。

少し間を開け、「家に帰りたいなぁ」と祖母は続けた。

弟は、「早く良くなってさ、じいちゃんも連れて家に帰ろうね!」と伝えた。

祖母は笑って頷き、一人ひとりにお年玉袋を渡してくれた。

お礼を言うと、「あんまり入ってないけどね、ごめんね」と言った。

その瞬間だけは、あの頃の祖母に戻っていたと思う。

「せいせいする」と言いながら、祖母の帰りを待った祖父。

「もう帰って来なくていい」と言いながら、祖父を愛していた祖母。

「じいちゃんから頼まれた」と、祖母にポチ袋を渡した母。

「早く良くなってじいちゃんと家に帰ろう」と言った弟。

20を過ぎて、お年玉をもらった兄弟。

優しい嘘をたくさん抱えて、悲しい真実を生きていく。

きっともう、祖母も長くない。

それでも、最期に幸せだったと思って欲しい。

たくさんの愛情を見逃さないように、2018年を生きていこうと思いました。

最後まで読んでくれてありがとう。

2018年が、あなたにとって良い年でありますように。


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コメント

“優しい嘘” への6件のフィードバック

  1. りえおのアバター
    りえお

    なんだ…これは(;_;)
    少し私の今の状況に似たところがあり、じわりじわりと涙が溢れてきました。
    家族皆んなに愛されているおばあちゃん。一方通行ではなくそれぞれが互いに愛を繋いでいて。
    そんな愛でtakuyaさんが造られているのですね。そこからその音がうまれてくるのですね。
    なんだか…ありがとうございました。

    1. TakuyaFukushimaのアバター
      TakuyaFukushima

      りえおさん
      こちらこそ、ありがとう。
      長文なのに、最後まで読んでもらえて嬉しいです。
      今年もよろしくね。

  2. 黒澤恵里のアバター
    黒澤恵里

    お話してくれてありがとう。
    とってもわかります。
    家族、なんですよね。
    赤の他人のおじいさんとおばあさんが結んでくれた、そして、血の繋がりが生まれた。
    素敵な素敵な家族、、
    切ないけど幸せなひととき。。
    拓也くん、素敵な一年にしましょうね。

    1. TakuyaFukushimaのアバター
      TakuyaFukushima

      黒澤恵里さん
      共感してくれてありがとう。
      お互い、素敵な年にしましょうね!

  3. れいのアバター
    れい

    涙が出ました。
    私も2018年を頑張ります。

    1. TakuyaFukushimaのアバター
      TakuyaFukushima

      れいさん、ありがとう。
      一緒に今年も頑張ろうね〜!

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